競争社会

こんにちは、朝風です。

弁才天とのチャネリングです。

(以下、弁天、というのが、弁才天です。)

-----------------------------------------------------------------------

私「名前を教えていただけるでしょうか?」

弁天「弁才天よ」

私「お話させてもらってもよろしいでしょうか?」

弁天「ええ、かまわないわ。」

私「競争社会より望ましい社会のスタイルがあるとしたら、
  どういうものがあるでしょうか?」

弁天「競争から抜け出すためには、
   人が、精神的にも体力的にも、
   もっと強くなる必要があるわ。
   
   競争とは、足りないものを、奪い合う、ということ。
   
   充足する、ということがまず必要なのよ。」

私「今のままの人では、困難なのでしょうか?」

弁天「限られた集団であれば、
   それを達成することもできるでしょうね。
   
   強力なリーダーの下に・・・。
   
   ただ、そこにある自由を謳歌するためには、
   人が強くなければならない。
   
   強力なリーダーに守ってもらう生活は、
   まるで箱庭のよう。
   
   それに自由さを生み出すためには、
   ある程度の逸脱があったとしても、
   なんとかなる、その余裕・信頼、
   なんとかできる余地、が必要なの。
   
   助け合うことで、それが達成できると思う人も
   いるかもしれない。
   
   そして、それはその通り。
   ただ、そこに退屈さを見出すひともいるの。
   その人達にとって、どうか、ということよ。
   
   その人達は、強い人達。
   
   その人達の協力無しに、自由かつ、
   楽しさあり、豊かさあい、助け合いあり、
   という社会・生活を築き上げることは困難よ。
   
   それらを捨て去って、ただ、慎ましやかに生活するのであれば、
   競争を手放すことは可能でしょうけど、
   その集団の中に、やがて、その社会を変えたいと
   思うものがでてくるの。
   
   その人達をどうするの?
   押さえ込むの?
   追い出すの?
   
   追い出すことはできるでしょうね・・・。
   そして、その集団は、閉鎖的に、退廃的に、
   禁欲的に、なっていく。
   
   
   競争を嫌うのではなく、競争を超える必要があるわ。
   競争する、という要素は残してもいいのよ。
   
   競争の一側面である、奪い合う、ということ、
   ドロップアウトができる、ということ。
   
   問題にしているのは、そこなんでしょ?
   
   そのためには、充足する、ということが肝要なのよ。」

私「本日はどうもありがとうございました。」

-----------------------------------------------------------------------